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新潟地方裁判所 昭和32年(ワ)325号 判決

主文

被告(反訴原告)は別紙目録(一)記載の宅地及び同(二)記載の家屋につき、新潟地方法務局昭和三二年九月二七日受付第一三、六八五号をもつて被告のためになした各所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

反訴原告(被告)の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は本、反訴とも被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、原告(反訴被告、以下単に原告と略称する)訴訟代理人は、本訴につき主文第一項同旨並びに訴訟費用は被告(反訴原告、以下単に被告と略称する)の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和二七年一一月二七日訴外水上タネよりその所有に係る

(イ)新潟市西堀前通八番町一、五二三番地一

一、宅地 三四坪六号四勺

(ロ)同所々在 家屋番号同町二五番

一、木造瓦葺平家建居宅 一棟

建坪 二三坪二合九勺

(ハ)新潟市西堀前通八番町一、五二三番二

一、宅地二三坪二合五勺

(ニ)同所々在 家屋番号同町二五番二

一、木造瓦葺平家建居宅 一棟

建坪 一七坪七合二勺

を一括して代金一二五万円で買受け、同年一二月二日新潟地方法務局受付第一〇、八五一号をもつて各所有権移転登記を経由した。

もつとも右宅地建物は、以前は新潟市西堀前通八番町一、五二三番、宅地五七坪八合九勺及び同所々在家屋番号同町二五番、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪四一坪一勺として登記せられてあつたもので、事実上も建物は一戸建であるのを訴外水上タネが売買の便宜上前記のように分割登記したものである。

原告は右買受家屋により昭和二七年一二月一八日から「金龍」という屋号で料理店を開業した。

原告が水上タネより右宅地建物を買受けた代金は一二五万円であつたが、所有権移転登録税に約三万五、〇〇〇円、仲介業者に対する手数料に六万円、表玄関及びスタンドの改築費に二〇万円、電気取付、営業用器具類の買入代金に約一五、六万円を要したので、その総計は約一七〇万円となつた。

原告はこの資金の調達のため、原告の姉伊藤ヨイから二二万五、〇〇〇円(昭和二七年九月一一日二〇万円、同年一二月二日二万五、〇〇〇円)、原告の実家から二五万五、〇〇〇円(昭和二七年一二月二日二一万円、同年同月一五日四万五、〇〇〇円)、訴外丸山十吉から一五万円(同年九月一一日)、新潟相互銀行から三五万円を借入れ、これに原告の実母から贈与を受けた一〇万円(同年六月三〇日)、訴外山崎半次郎(旧姓藤村、当時土木建築請負業をしていた、原告は昭和二六年一二月頃同人と知り合い内縁関係を結び、後長男猛出生するに及び昭和二九年七月三〇日婚姻届を了したが、昭和三三年一一月二六日死亡)から昭和二七年五月頃より同年一一月頃までの間に五、六回にわたり贈与を受けた約五〇万円と原告の手持金約一〇万円とを合せて(以上合計約一六八万円)前記費用を支払つた。

二、しかし右家屋は建築後数十年を経ていて腐朽甚だしく、料理店営業にも適していなかつたから、原告は昭和二九年四月頃右家屋を全部取壊して新築し従来どおり平家建としたほか、西北側(前記買受家屋の(二)の部分があつたところに該当)を二階建とした。その結果、建物は木造瓦葺二階建店舗兼居宅、建坪四〇坪七合八勺外二階二〇坪余となるに至つた。

右工事を原告は建築請負業池幸夫に依頼したところ、その見積額は、その頃原告が訴外半次郎に依頼して同人が買つてくれた木材約一五万円分を提供使用させて金七五万三、一四〇円(壁塗工事を除く)であつたのを代金六〇万円に減額させて契約し、工事に着手させたところ、木材の不足と窓の工事の変更などでさらに約二〇万円を要することになり、結局代金八〇万円で同年四月に着工し、同年七月二九日工事を完了した。この間壁塗工事を訴外加藤小太郎に代金二九万円で請負わせて完成し、さらに右改築に付随して山下家具店よりの建具買入金一六万円、電気工事代金五万円位、便所タイル張工事三万円位、水道工事二万円位、螢光灯取付工事六万円、以上合計約三二万円を要した。そのほか扇風機六台の買入代金七万六、〇〇〇円、瓦斯コンロ五個の代金二万一、〇〇〇円、座蒲団買入代金二万円、瀬戸物買入金約五万円以上合計一六万七、〇〇〇円を要し、昭和三〇年七月にいたり壁の上塗り工事を代金一二万五、六七五円で訴外熊倉組に請負わせた。以上の総合計は約一七〇万円である。右代金の支払は、工事請負人、器物の売渡人などと交渉した結果全部分割払にしてくれる約定のもとに工事に着手したため、昭和二九年四月下旬頃原告方の客で知り合いの青木某の仲介で、大光相互銀行新潟支店から無担保で三五万円を借り受け、その内三〇万円を請負人池幸夫に支払い、原告手持の一万円を加えて六万円を請負人加藤小太郎に支払つたほかは、昭和二九年七月下旬から毎月月賦で原告の売上金の中から支払つていつた。もつとも池幸夫の請負代金のうち追加分二〇万円は昭和三一年八月頃原告が池幸夫に対する売掛金を差引決算したし、熊倉組に対する壁の上塗り代金は昭和三〇年八月頃から分割して支払つた。

山崎半次郎が提供してくれた木材代金約一五万円は、同人が金に困るからというので昭和三〇年一一月五日原告が新潟県東頸城郡浦河原村の同人方に持参して支払つてあり、それは全額原告の営業上の利益から支払つたものである。

右半次郎は昭和二九年七、八月頃新潟市に出て来る都度原告方に立寄り、原告が生活費を切りつめて月賦金を支払つている状態を見て若干の金を出しているが、これらは皆原告及び同人との生活費として費消された。

原告は、さらに昭和三一年一〇月頃、東南側(前記買受家屋(ロ)があつた部分に該当)にも二階を増築した。これにより総建坪は一階四〇坪七合八勺、二階四五坪四合九勺となつた。

右工事は訴外東新建設株式会社に代金八七万円で請負わせ、また大工笠巻某にスタンド改築工事を代金一一万円で請負わせ、さらに右工事に付帯する電気工事を代金四万円で施行させ、合計一〇二万円を要したが、これが支払には、建物に根抵当権八〇万円を設定したほか、昭和三一年一二月二八日実母の預金を借り受けて原告名義で預金して新潟相互銀行から金一〇〇万円を借り受け、手許金と合せて支払を了した。

このようにして、原告は昭和二七年一二月一八日料理店金龍を開店し、昭和二八年二月一二日付で原告名義をもつて新潟市公安委員会から料理店営業の許可を受けて経営して来て以来、山崎半次郎より援助を受けたことはなく、むしろ同人のため原告は相当の援助をして来たものである。

三、しかるところ、訴外山崎半次郎は性来嫉妬心が強く、原告と他の男客との仲を疑い、報復的気持からか、未だ内縁中の昭和二八年六月一日頃(旧建物存続当時)前記(イ)ないし(ニ)の不動産のうち(イ)の宅地及び(ロ)の家屋の登記済証と原告の印章とを原告に無断で持ち出し、これを利用して右宅地建物を原告から右半次郎に売渡した旨の虚偽の売買証書を作成し、これにより新潟地方法務局同年同月四日受付第五、六九五号をもつて、原告より右半次郎に売買による所有権移転登記を経由してしまつた。

もつとも、半次郎は無効の所有権移転登記のなされた翌日である昭和二八年六月五日、原告の実姉伊藤ヨイ方に赴いた際、同人にその旨を漏らしたので、ヨイは直に原告を呼び両人の間を仲裁した結果、半次郎もその非を認め、右登記を原告に回復することを承諾し、直に右手続のため、原告と同道して司法書士岡崎潔を訪ねたところ、同司法書士は登記費用として金二万八、〇〇〇円を要する旨を述べた。しかし生憎両人共に右費用の持合せがなかつたため、後日費用ができてから登記をしようということで帰宅したが、その後右登記をしないままで放置しておいた。これは別に原告が右宅地建物を半次郎の所有と認めたからではなく、当時種々金子の必要が多くて登記費用の捻出ができなかつたがためである。

ところが、半次郎は再び嫉妬心から、原告に不貞行為があつたとして、昭和三二年八月一九日突如離婚及び財産分与の請求訴訟を提起した。その分与財産の対象となつているものの中には右宅地建物にも含まれている点から見ても、これが原告の所有であることは半次郎も認めていたわけである。

原告は右訴訟提起に驚ろき、半次郎所有名義となつている右不動産が同人に処分されることをおそれて、直に同人を被告として御庁に同年八月三〇日所有権移転登記抹消登記手続請求の訴を提起(御庁昭和三二年(ワ)第二五二号事件)した。右訴訟の審理中昭和三三年一一月二六日同人は病死するにいたり、長男猛が遺産相続人として訴訟を承継し、審理の結果は原告勝訴の判決があり、右判決は確定した。

四、原告は家屋の新築増築により旧建物との同一性が最早存しなくなつたので、従来の家屋の滅失登記を経て新築家屋の保存登記をなすべきであつたが、旧建物に抵当権が設定されていたことと、当時建物の新築許可がとれなかつた関係があつたので、従前の登記を利用して昭和三二年八月一二日とりあえず原告所有名義の前記(ニ)の家屋につき

新潟市西堀前通八番町一、五二三番の一及び二所在

木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪四〇坪七合八勺外二階四五坪四合九勺の内西北側家屋番号同町二五番二

一、木造瓦葺二階建店舗兼居宅

建坪一七坪四合九勺外二階四五坪四合九勺

として表示変更の登記をなしていた。

ところが、半次郎は昭和三二年九月二六日自己所有名義のままであつた前記(イ)、(ロ)の宅地建物を被告に売渡したとし、同月二七日右(ロ)の建物につき、原告の表示変更登記にならい

新潟市西堀前通八番町一、五二三番の一及び二所在

木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪四〇坪七合八勺外二階四五坪四合九勺の内東南側家屋番号同町二五番

一、木造瓦葺平家建居宅

建坪 二三坪二合九勺

として表示変更の登記を経由した上、同日新潟地方法務局受付第一三、六八五号をもつて被告のため売買による所有権移転登記を経由してしまつた。

五、しかしながら以上の経緯に明らかなように、前記(ロ)の建物については、昭和二九年四月の全家屋の取壊しによりすでに滅失しているものであつて、後にいたり被告が半次郎から右家屋を買受けてもそれは実在しない家屋を買受けたものであるから、原告は右家屋につき滅失登記手続をして現存の新築家屋の保存登記をなす必要上これが手続に障害となる被告所有名義の登記の抹消登記手続を求め、(イ)の宅地については、半次郎と原告との右宅地の売買は虚偽であつて無効なものであり、このような実質的無権利者たる半次郎から被告がこれを買受けても、その所有権を取得するいわれはないから、原告は所有権に基き被告に対し前記登記の抹消登記手続を求める。

仮りに(ロ)の建物につき前記の理由が認められないとすれば、(イ)の宅地について述べたと同じ理由から前記登記の抹消登記手続を求める。

よつて本訴に及んだ次第である

と述べ

被告の抗弁に対する答弁として

原告と半次郎が、被告主張の日に訴外新潟相互銀行と主張のような契約並びに根抵当権を設定したことは認めるがその余は否認する。

右契約の無効を有効と主張できる法律上の利益を有する第三者は右訴外銀行であつて被告ではない。仮りに被告が右第三者に該当するとしても、被告は、本件係争不動産が原告所有のものであることを知りながら、半次郎と原告との間の離婚訴訟につき、半次郎を応援するためこれを買受けたもので、原告より半次郎に対する訴訟の提起も、また右訴訟の提起されていることの予告登記の存在(昭和三二年九月二日新潟地方法務局受付第一二、二八七号)も知つているのであるから、善意の第三者に該当しない。

と述べ

反訴につき「被告の反訴請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として

被告主張の宅地建物の実測坪数がその主張のとおりであること並びに原告が被告主張の建物を占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

と述べたほか、本訴において述べたと同一趣旨を述べた。

第二、被告訴訟代理人は、本訴につき「原告の請求を棄却する。」

との判決を求め、答弁として

一、原告主張の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)の土地建物につき昭和二七年一二月二日訴外水上タネより原告に所有権移転登記が経由されていること、右(ロ)、(ニ)の建物のそれ以前の登記関係及びその後の登記関係並びに現況が原告主張のとおりであることは認める。しかし、右建物が取壊されて新築されたとの点は否認する。

二、原告主張の右土地建物は、すべて訴外山崎半次郎が買受けたもので同人の所有に属するものである。また建物についてはその後増改築したが、これも右半次郎が施工したものである。このことは

1、原告主張のとおり、原告と半次郎とは右土地建物を買受ける以前から内縁関係にあつたこと

2、右買受けに当つては、半次郎がその代金の大部分を支出していること

3、原告主張のとおり、原告と半次郎は内縁関係を続けた後、昭和二九年七月三〇日婚姻し届出をしていること

4、本件係争の土地建物の所有名義が半次郎に移つて以来三年有余もの間、原告はこれを自己名義に回復する登記手続をとらないのみか、昭和三一年一一月一二日には右半次郎を担保提供者として訴外新潟相互銀行と金額八〇万円を限度として同銀行から継続的に金員の貸付を受ける旨の契約を結び本件係争の土地建物に根低当権を設定したこと等の事実のあることによつても明らかであるといわなければならない。

三、被告が実在しない家屋を買受けたとの原告の主張事実は争う。被告は増改築後の現存する建物を所有者半次郎から代金二二〇万円で買受けたものであつて、右買受けの際には半次郎より原告主張のとおりの変更登記がなされておつたのであるから、名実ともに被告は適法に右建物の所有権を取得したものである。

四、その余の原告主張事実は知らない。

と述べ

抗弁として

仮りに半次郎に本件係争の土地建物の所有権がないとしても、前述のように原告と半次郎間においてその登記名義をそのままにして右土地建物につき新潟相互銀行に根抵当権を設定したことは、これにより原告と半次郎が相通じて所有者でない半次郎の登記名義をそのままに存置することを合意したものであつて、以後右名義は登記簿上虚偽表示となり、原告と半次郎間においては無効であつても、右無効はこれを知らずに善意無過失に半次郎より右土地建物を買受けた被告に対しては対抗することのできないものである。

被告は肩書地で料理店を経営しているものであるが、かねてから新潟市の中心部に進出して営業の発展を図りたいものと考えていたところ、たまたま昭和三二年八月頃訴外野沢実三郎から本件係争土地家屋の権利書、登記簿謄本及び山崎半次郎の印鑑証明書を示されて右土地家屋を買うよう奨められたので、右半次郎と売買契約を結んで、内金六〇万円を支払い登記手続を経由した次第であつて、被告が善意の第三者であることは明らかである。

と述べ

反訴として

一、新潟市西堀前通八番町一、五二三番の一宅地三四坪六合四勺、実坪数三四坪七合五勺、すなわち新潟市古町通九番町一、四一〇の一番地先坂内小路歩道上に建設しある逓信電話柱(コンクリート造)番号西七ホI――七八号円周七〇糎の中心を基点とし、同基点より二〇七度三〇分、二一間九四の地点を(イ)点とし、同(イ)点より二九四度〇〇分、六間六二の地点を(ロ)点とし、同(ロ)点より二〇四度〇〇分、五間二五の地点を(ハ)点とし、同(ハ)点より一一四度〇〇分、六間二二の地点を(ニ)点とし、同(ニ)点より二四度〇〇分、五間二五の地点(イ)点に至る線に囲まれた区域内の土地及び前記(ロ)点と(ハ)点とを連結した線の東南側に建設しある同市同町同番に設立、木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟、建坪四〇坪七合八勺外二階四五坪四合九勺の内東南側、家屋番号同町二五番、木造瓦葺平家建居宅、建坪二三坪二合九勺実坪数二四坪三合三勺の建物は被告(反訴原告)の所有であることを確認する。

二、原告(反訴被告)はその所有の新潟市西堀前通八番町一、五二三番一、同所一、五二三番二に建設の木造瓦葺二階建店舗兼居宅西北側、建坪一七坪四合九勺、外二階四五坪四合九勺の建物の二階に属する部分の中で前項記載の(ロ)点と(ハ)点を結んだ線を直角に上部に延長した線の東南側に建設の二階部分を収去したうえ、前項記載の土地及び建物を被告(反訴原告)に明渡せ。

三、訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

旨の判決を求め、その請求の原因として

本訴の答弁として主張したと同一の事実関係より、被告は別紙目録(一)記載の宅地及び同目録(二)の記載の建物(以上実測坪数は請求の趣旨第一項記載のとおり)につき所有権を有するのに、原告はこれを自己の所有であると主張して争うから、これが被告の所有であることの確認を求め、且つ原告は右建物に何等の権原なくして居住してこれを占有するのみならず、右建物の上部には原告所有の二階建物が存在しているので、被告は所有権に基き原告に対し右二階建物(その範囲は請求の趣旨第二項記載のとおり)を収去して別紙目録(一)記載の宅地及び同目録(二)記載の建物の明渡を求めるため反訴請求に及ぶ。

と述べた。

第三、証拠(省略)

別紙

目録 (一)

新潟市西堀前通八番町一、五二三番一

一、宅地 三四坪六合四勺

目録 (二)

新潟市西堀前通八番町一、五二三番一所在

木造瓦葺二階建店舗兼居宅 一棟

建坪  四〇坪七合八勺

外二階 四五坪四合九勺

の内東南側

家屋番号 同町二五番

一、木造瓦葺平家建居宅

建坪 二三坪二合九勺

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